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札幌高等裁判所 平成2年(ラ)57号 決定

56号事件抗告人(57号事件相手方) X

56号事件相手方(57号事件抗告人) Y

主文

1  原審相手方の抗告に基づき、原審判を次のとおり変更する。

2  原審相手方は、原審申立人に対し103万4256円を支払え。

3  原審申立人の抗告を棄却する。

理由

1  本件抗告の趣旨及び理由

本件各抗告の趣旨及び理由は、原審申立人代理人作成の「即時抗告の申立」と題する書面及び原審相手方代理人作成の「抗告状」と題する書面にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

2  そこで、本件記録に基づき検討するに、当裁判所は、原審申立人の本件婚姻費用分担の申立ては、主文2項掲記の限度で理由があると認めるものであるが、その理由は、次のとおり付加、訂正するほか、原審判の理由「第2当裁判所の判断」説示のとおりであるから、これを引用する。

(1)  上記理由説示中の「申立人」を「原審申立人」に、「相手方」を「原審相手方」にそれぞれ改め、原審判2枚目裏9行目の「申立人は、」の前に「原審申立人と原審相手方との婚姻関係は、婚姻当初は概ね平穏に推移していたが、」を加え、同9,10行目の「邪推し」を「疑うようになり」に改め、同10行目の「相手方」の前に「昭和57年ころには」を、同12行目の「なった」の次に「ため、次第に婚姻関係は円滑を欠くに至った」を、同3枚目表8行目の「寄せ」の次に「た後肩書住居地に転居し」を、同12行目の「調停事件は」の次に「調停期日を数回重ねたが、結局合意には至らず、」を、同末行の「12万円」の次に「(昭和58年5月、6月は各7万円、同年8月ないし11月は各10万円、同年12月は12万円、昭和59年1月ないし3月は各10万円)」をそれぞれ加え、同裏末行の「相手方」から同4枚目表1行目末尾までを「控訴審においては、原審相手方と離婚する意思はないとして同人に対する離婚請求を取り下げた。平成2年10月31日原審申立人の控訴を棄却する旨の判決がなされたが、原審申立人はこれを不服として上告し、現在上記離婚等請求事件は上告審に係属中である。なお、これより先原審申立人は、昭和58年に原審相手方との不貞を理由として前記Aに対し損害賠償を求める訴訟を提起したが、原審相手方とAとの不貞関係を認めるに足りる証拠はないとしてこれを棄却され、これを不服として控訴、上告を申立てたがいずれも棄却され、原審申立人敗訴の判決が確定した。」に改める。

(2)  同4枚目表4行目の「あって、」の次に「たとえ夫婦が別居していたとしても、」を加え、同7行目の「夫は妻」を「一方は他方の配偶者」に改め、同13行目の「婚姻関係は」の次に「遅くとも昭和59年3月ころには」を加え、同14行目の「ないもの」を「なくなった」に改め、同行の「認められる」の次に「(原審申立人が前記離婚訴訟の控訴審において原審相手方に対する離婚請求(反訴)を取り下げたことは前記認定のとおりであるが、この事実は上記認定を左右するものではない。)」を加え、同末行の「邪推し」を「疑い」に、同裏4行目の「婚姻関係」から同5枚目表5行目末尾までを「本件においては、遅くとも昭和59年3月ころには原審申立人と原審相手方との婚姻関係は修復困難なほどに破綻していたが、(本件記録上では)その主たる責任が原審申立人と原審相手方のいずれにあるとも決し難いこと、さらに前記認定のとおり原審相手方は別居後も昭和59年3月までは原審申立人に対し生活費として毎月7万円ないし12万円を送金していたこと、原審相手方はその所有の家屋に原審申立人を無償で住まわせており、これは相当な経済的援助を与えているのと同様な評価ができることに照らせば、原審相手方は、原審申立人に対し婚姻費用の分担として昭和59年4月以降生活扶助義務を前提として、生活保護基準に準拠した分担をなすことが必要にして十分であるというべきである。」にそれぞれ改める。

(3)  同5枚目裏13行目の「必要から」の次に「便宜上」を加え、同8枚目表7行目の「をも」を「も」に、同末行の「ものである」を「ものといわざるをえない」にそれぞれ改め、同12枚目表7行目から同16枚目表11行目までを次のとおり改める。

「そこで、以上に認定した原審申立人と原審相手方の基礎収入月額を前提として、昭和59年4月以降原審相手方が分担すべき婚姻費用の額を算定することとするが、この場合前記説示のとおり、生活扶助義務を前提とする生活保護基準に準拠するのが相当である。

昭和59年度ないし平成2年度の原審申立人が受給すべき生活扶助額(月額)は、昭和59年度が6万6032円,昭和60年度が6万9228円,昭和61年度が7万0812円,昭和62年度が7万2260円,昭和63年度が7万2712円,平成元年度が7万4976円、平成2年度が7万6670円であるから,これらの金額と前記認定の原審申立人の基礎収入月額との差額が原審相手方の分担すべき婚姻費用の額になる。

昭和59年度 6万6032円(生活扶助額)-8万5962円(原審申立人の基礎収入月額) = -1万9930円(分担の必要なし)

昭和60年度 6万9228円-0 = 6万9228円

ただし、6万9228円全額を原審相手方が分担することになると、原審相手方の生活水準は12万5911円(原審相手方の基礎収入月額)-6万9228円 = 5万6683円となって原審相手方は最低生活水準を維持することができなくなる。このような場合、原審相手方は自己の最低生活を維持した範囲内で婚姻費用を分担すれば足りると考えられるから、原審相手方の基礎収入月額(12万5911円)から同年度の生活扶助額(6万9228円)を控除した残額(5万6683円)が分担すべき婚姻費用の額ということになる。従って,同年度中に原審相手方が分担すべき婚姻費用の総額は、5万6683円×12 = 68万0196円となる。

昭和61年度 7万0812円-5万0656円 = 2万0156円

この金額を原審相手方が分担したとしても,原審相手方は最低生活を維持できるものと認められる。従って、同年度中に原審相手方が分担すべき婚姻費用の総額は、

2万0156円×12 = 24万1872円となる。

昭和62年度 7万2260円-6万2911円 = 9349円

この金額を原審相手方が分担したとしても、原審相手方は最低生活を維持できるものと認められる。従って、同年度中に原審相手方が分担すべき婚姻費用の総額は、

9349円×12 = 11万2188円となる。

昭和63年度 7万2712円-10万2296円 = -2万9584円(分担の必要なし)

平成元年度 7万4976円-7万9011円 = -4035円(分担の必要なし)

平成2年度以降 7万6670円-10万2636円 = -2万5966円(分担の必要なし)

以上のとおり、原審相手方が昭和59年4月以降原審申立人に対し支払義務のある婚姻費用の分担金は、総額103万4256円となる。」

3  よって、原審相手方の抗告は一部理由があるから原審判を主文2項掲記のとおり変更し、原審申立人の抗告は理由がないから棄却することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 仲江利政 裁判官 吉本俊雄 小池勝雅)

別紙

即時抗告の申立

抗告の趣旨

「原審判を取消し,本件を札幌家庭裁判所に差戻す」との裁判を求める。

抗告の理由

1 婚姻関係破綻の原因について

原審判は、本件婚姻関係の破綻原因が双方に存し、一方の有責性が他方のそれに勝るものと決し難いと判示しているが、本件は、相手方の不貞行為及び暴力行為によって精神的・肉体的に傷ついた抗告人(申立人)に対して、勝手に家を出て家庭を顧みず、婚姻費用を与えないことによって離婚を優位に進めようとする相手方に一方的に責任のある婚姻関係の破綻である。

上記のような事情の下では、そもそも婚姻費用分担の軽減を考えるべきものではなく、この点のみを理由としても原審判は誤りである。

2 婚姻費用分担の軽減について

原審判は、本件婚姻関係破綻の原因を相手方の責任と決し得ない場合であることを前提に、夫婦間に共同関係を欠くに至り将来回復の見込みもないときは、夫婦の共同生活の希薄化に伴いその分担額も相当程度軽減されると解すべきであるとし、本件では〈1〉として婚姻費用分担の調停申立てから当事者双方が離婚請求を求めるまでの段階、〈2〉として右離婚請求訴訟の第1審で離婚が認容され抗告人(申立人)が控訴するまでの段階、〈3〉としてその後の段階をあげ、それぞれの段階に応じて〈1〉標準生活水準〈2〉健康体裁水準〈3〉生活保護基準にそれぞれ準拠して婚姻費用分担の程度を軽減している。

しかし、婚姻関係破綻原因を原審判のように解したとしても、抗告人が上記離婚訴訟において自ら離婚を求めたのはあくまでも相手方の離婚申立に対抗するだけの意味しかなかったのであり、抗告人自らが離婚の意思を持っていなかったことは上記離婚訴訟控訴審における和解手続きにおいて、抗告人が相手方と離婚したくないがために右和解が成立しなかったことや抗告人が同審において離婚の請求を取下げたことからも明らかである。

従って、本件のような事情の下では抗告人が婚姻費用分担の申立をした時点から離婚成立に至るまで全期間を通じて相手方と同程度の生活水準すなわち標準生活水準を基準とした婚姻費用の分担がなされるべきものである。

3 負債の控除について

原審判は、抗告人(申立人)の負債として、ニューコーポ○○の住宅ローン返済額は申立人の収入額から控除するものとしているが、他からの借入金(裁判関係費用を除いて)について、医療関係費の実費を除いては婚姻費用の内実に見合った生活水準の維持に必要であるものか判然としないという理由で考慮の外におくという判断をしている。

しかし、原審判が前提としている婚姻費用の内実に見合った生活水準というのは、前項の相手方の婚姻費用負担の軽減に関する判断からも窺えるように、相手方と同程度の生活水準の生活をするために必要な費用に満たない額であることは明らかである。

原審の理由を前提とすれば、抗告人が生活費として借入れた金員は婚姻費用の内実に見合った生活水準の維持に必要とはいえないことになりかねないが、夫が一方的に家庭を離れて婚姻費用を入れなくなった場合に、残された妻が一方的に倹約生活を強いられる謂れはないのであって、本件においても、抗告人は少なくとも相手方と同程度の生活水準を維持するに必要な消費支出を認められてしかるべきもので、そのための借入れの支払いについては相手方も応分の負担をなすべきで、この点に関する原審判の判断は不当である。

4 健康体裁水準の算出方法について

原審判は、健康体裁水準の算出方法にあたり節約可能金額の算出を全世帯平均の消費支出における節約可能金額の割合をそのまま標準生活費家庭における節約可能金額の割合と解しているが、家計収入が少なければ最初に切り記められるのが「教養娯楽費及びその他の消費支出」で、節約可能金額の消費支出額の中に占める割合は全世帯平均よりも標準生活費家庭の方が低くなるということは自明の経験則であり、原審判はこの点についても判断を誤っているといわざるを得ない。

別紙

抗告状

抗告の趣旨

1、原審判を取り消す。

2、抗告費用は相手方の負担とする。

との裁判を求める。

抗告の理由

1、抗告人には婚姻費用の支払義務はない。

相手方と抗告人は、昭和47年3月28日婚姻の届出をなし、共同生活に入ったものである。

抗告人と相手方は結婚以来、互いに昭和55年頃迄の約8年間は円満で平穏な生活を営んできたものであるが、昭和55年頃に至って、相手方は抗告人がAと不貞関係にあると邪推し、自らもA宅に張り込み、また興信所に調査を依頼をするなどし、その事実をつかむため八方手を尽くしたが、かかる事実を証拠付ける確たる事実は存在しなかった。

そこで相手方は、抗告人が警察官として勤務していた職場の上司に対し、抗告人に愛人がいる旨を、あたかもない事実をあるかのように告げるなどして、抗告人の警察官としての名誉及び信用を毀損する行為に及び、抗告人を定年退職以前に退職するのを余儀ない状態に至らしめ、昭和57年8月27日には、抗告人を殺して自分も自殺すると称し、刃渡り約30センチメートルの柳刃刺身包丁を抗告人の腹部に突きささんとしたが、抗告人は辛うじてその包丁を取り上げ、事なきを得たが、両者の間には常に険悪な状態が続き、相手方は抗告人に対し、家から出ていけと怒鳴りちらすなどの行為があったため、抗告人は現状の同居のまま推移する時は、不測の事態の発生が必至であることを慮り、止むなく1人家を出て別居するに至ったものである。

2、原審判は、『当事者間の婚姻関係は既に破綻し、修復の余地がないものと認められる旨認定したうえ、その破綻原因は、抗告人の不貞を邪推し、これを執拗に言動に現わし続けた相手方の態度や誤解を解くことを放擲した抗告人の態度に伴う双方の葛藤、夫婦間の口論、暴力沙汰等円満な家庭生活を維持するについての双方の諸々の努力不足が長年蓄積したことに起因するというべきである』旨判示するが、抗告人が相手方の誤解を解くことを放擲した事実はなく、再三に亘って不貞行為の事実のないことを説明し、説得に努力したが、相手方の性格は、一度かかる事実があると思い込んだ場合、客観的な事実が異なっていたとしても、容易に受け容れ様とせず、説得不能且つ自己主張の強い女性である。

ちなみに相手方の代理人は、本件を含む一連の手続について、相手方を説得せんとしたが、相手方はそれを聞き入れず、次々と代理人を解任してしまい、弁護士○○○○、同○○○△、同○○△△、同○△△△、同△△△は、いずれも相手方から解任若しくは辞任している等の経緯をみても、説得不能であることが明らかである。

従って原審判認定の通り、抗告人が誤解を解くことを放擲した事実はなく、真摯に努力したが、相手方がこれを受け容れないというに過ぎない。

従って、右原審判の認定は事実誤認と云うべきであって、婚姻関係の破綻責任は一方的に相手方にあり、抗告人には責任がない。

右の通り当事者間の婚姻関係の破綻、並びに別居は、相手方の一方的有責行為に基づくものであり、相手方が故意に抗告人の同居を拒絶する挙に出たため、止むなく抗告人が別居するに至ったものである。

このような場合、婚姻関係から発生する婚姻費用については、相手方がその権利を自ら放棄、若しくは喪失したものと云うべきであり、これは婚姻費用の分担義務はないとみるべきである。

よって、原審判は取り消さるべきものである。

3、原審判は、相手方の総収入の算出につき、ニューコーポ○○並びにB名義の建物の賃料のみをその算出の基礎にしているが、相手方は入院中、保険から入院給付金を受領しているに拘らず、それが総収入の基礎に加算されていないことは全く不公平と云わなければならない。

又、原審判は、相手方の収入と抗告人の基礎収入とを対比したうえ、その分担額を定めているが、抗告人は最低限度の生活費で賄っているに拘らず、相手方は1戸建の家に1人で住み、他から借入れをおこしたうえ、自由気ままな生活を維持している。

かかる場合、抗告人の総収入の実体からみれば、既に著しい不公平があり、右計算方法は妥当であると云うことを得ない。

又、治療関係費についても、わざわざ抗告人の社会保険を利用出来る立場にあるに拘らず、抗告人の世話になりたくないと称して国民健康保険に加入したものであって、その治療費は自らの意思に基づいて支払ったものであり、相手方が支払うべきものであり、抗告人が負担する訳にはいかない。

更に、抗告人が相手方に対し、傷害を負わせた旨原審判は認定したうえ、当然抗告人が負担すべきである旨判示するが、抗告人の主張するように抗告人の行為に基づいて発生したものでなく、因果関係が存在しない。

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